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「ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所」に魅せられて(畑野小百合さん)

畑野 小百合さん/Ms.Sayuri Hatano
(専攻楽器音楽学/musicology)

[ 2015.04.22 ]

学校名:ベルリン芸術大学大学院

ローム ミュージック ファンデーション奨学生の畑野小百合です。
現在ベルリン芸術大学大学院に在籍し、音楽学の博士論文を執筆しています。

米国テネシー州のチャタヌーガにて、ヘルマン・ヴォルフの長男(指揮者)の元同僚の方たちと

私が研究対象としている「ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所」は、1880年にヘルマン・ヴォルフ(1845~1902年)によって創立され、1935年にナチスの圧力のもとで閉鎖に至るまで、時に「市場独占」の批判を受けるほどの影響力をもったベルリンの音楽事務所です。

 

ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所 最初の所在地の現在の様子

【「ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所」最初の所在地の現在の様子】

 
この音楽事務所は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の初期の活動を運営面で支えたことで知られていますが、演奏家のみならず、作曲家、音楽批評家、楽譜出版社、各地の音楽協会、劇場、聴衆、さらには行政機関との多様な結びつきのなかで、ベルリンの音楽界自体の「有力プロデューサー」とも言えるような役割を果たしていました。
同時に、ヨーロッパの音楽市場が急速な拡大を見せた19世紀末に音楽マネージメントを専門とする会社の先駆的な存在として登場し、輝かしい成功を収めた例としても、「ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所」は注目に値します。
この音楽事務所の活動の実態を明らかにし、19世紀末から20世紀初頭にかけてベルリンが音楽都市として台頭してくるプロセスにおいてこの音楽事務所に認められる意義を音楽文化史的視点から考察することが、私の博士論文の目的です。

 

これほどまでに重要な「ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所」について、これまでまとまった学術研究がなされてこなかった理由は、その活動の実態を記録する史料が世界各地に散在し、多くはその存在すら知られていなかったことにあります。
そこで私は、一次史料の所在を整理し、それらを網羅的に調査することによって「ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所」の歴史を浮かび上がらせることを研究の課題としました。
2012年秋の研究開始以来、これまでの調査は、ベルリン、ライプツィヒ、ワイマール、ドレスデン、ハンブルク、キール、ミュンスター、デュッセルドルフ、ケルン、ミュンヘン、ガルミッシュ=パルテンキルヒェン、ウィーン、チューリヒ、ロンドン、テネリフェ島、ニューヨーク、ポキプシー、シカゴ、チャタヌーガと19都市に及び、最初は暗中模索の感が強かったこの研究も、徐々に点と点が線を結び、これまで知られていなかった形の歴史を描くようになってきました。
このような研究は、ヨーロッパに身を置き、長時間専念できる環境を与えていただいて初めて可能となるもので、活動に対するご支援に心からお礼申し上げます。

 

米国テネシー州のチャタヌーガにて、ヘルマン・ヴォルフの長男(指揮者)の元同僚の方たちと

【米テネシー州のチャタヌーガにて、ヘルマン・ヴォルフの長男(指揮者)の元同僚の方たちと】

 

2014年9月には、ドイツの中心的な音楽学会である「音楽研究協会 Gesellschaft für Musikforschung」の年度大会で、研究成果の一部を発表する機会をいただきました。
複雑な事象を単純化しすぎることなく、それでいて聞いてくださる方に伝わりやすい発表の方法はどのようなものか、ということを繰り返し考え、準備の過程で大学の教員や仲間たちからアドヴァイスを受けた経験は大変有意義でした。
また、発表の前後にはこのテーマに関心をもつ音楽学者の方たちに声をかけていただき、今後も研究成果を発表していくことに対して、前向きな展望をもつことができました。

2015年は英語圏での発表にも挑戦したいと考え、4月にカナダのカルガリーでの研究発表が決まっています。

 

独グライフスヴァルトでの学会発表【独グライフスヴァルトでの学会発表】

 
当時の音楽界にさまざまな「つながり」をもたらしていた「ヘルマン・ヴォルフ音楽事務所」は、それを研究対象とする私にも、たくさんの出会いと経験を与えてくれています。
研究成果としての「わかったこと」はもちろんですが、研究の過程で経験した調査の面白さ、このテーマなくしてあり得なかった人々との出会い、歴史の不思議を思わずにはいられない稀有な出来事についても、今後発信していきたいと思っています。


欠片でしかなかった情報が繋がっていき、新しい発見があるというのはとても楽しそうですね! その素晴らしさをぜひ多くの方に披露できるよう頑張ってください。