ヨーロッパにおける社会と音楽家 〜留学1年半で感じた事〜(千葉 遥一郎さん)11/30
千葉 遥一郎さん/Mr.Yoichiro Chiba
(専攻楽器ピアノ/piano)
[ 2023.12.8 ]
リューベック音楽大学
ローム ミュージック ファンデーション奨学生の千葉遥一郎です。
この記事を執筆している11月で、ドイツのリューベック音楽大学に留学してちょうど1年半となった。
<在籍するリューベック音楽大学を右手に望む運河の通り>
その間出演した多種多様な形態のコンサート(日本における従来のコンサートホールでの公演のようなものに限らず、個人宅や福祉施設、湖畔などの野外でのものに至るまで、また犯罪抑止やある種の啓発など目的も様々)を通じて、またそれ以上に世界情勢の激動に翻弄されて自分の音楽に対する価値観が大きく変化しているのを実感する。
今は表現する個人としての存在である以上に、社会の歯車の一部として機能する事がここでの音楽家の大義なのかもしれないと感じている。
しかし、これは同調圧力や安直な理想主義を助長するといった趣旨ではない。
先に述べたようにドイツに限らずヨーロッパでは実に様々な場面で音楽が利用されその目的も多岐にわたる。
音楽を生命維持に必要なインフラの一つと認識する社会的な価値観も見て取れるがそれ以上に、紛糾した社会の中で自分をどこに見出すのかを探しにくる聴衆が度々コンサートに訪れるのではないか。
キリスト教文化が根強いヨーロッパでは、善悪の価値観が日本以上にハッキリと二極化していると感じていたがここ1年ほどで彼らの足元が揺らいでいるのを新聞や会話から受け取れる。
「勇気や希望を与える」「悲しみに寄り添う」といった限定的な目的でプログラムを組んで公演を提供するのではなく、価値観が多様化する社会の中でより個人に向けて、各々の鏡となれるような表現方法を模索しているところである。
さて、勉強の成果としては今年の6月に北ドイツの複数の音楽大学が生徒を派遣するハンブルグスタイウェイ社主催のコンクールで1位を得る事ができた。
学校の授業を通じて純粋な自分の中身を技術的にピアノという楽器に伝達する技もますます向上している。
来年以降も精進してゆきたい。
<ドイツとチェコの国境付近に位置するピアノメーカーベヒシュタインの工場での演奏>